馬オタの暴走
富永の要求はエスカレートした。
是非、馬券を買いに行ってくれと頼まれることも多かったが
渡部さん(仮名)が作っていた例の「競馬面白記事」を私にも作れと言ってきた。
富永は競馬の話になると我を忘れる。というか高圧的に見えた。
「ここは色を変えるんだよ」
私が作った記事のサンプルに色々と注文を付け始めた。
私は雑誌編集のプロではないし特別華やかな紙面なんて作れるわけがない。
やれやれ。まあこれは長続きしなかった。当たり前か。
さらに某競馬雑誌でPOG(ペーパーオーナーゲーム)
をやっていたから職場の競馬仲間でやろうと富永が大号令をかけた。
POG(以下ポグ。ピーオージーというらしいが我々はポグと呼んでいた)
とは一口で言えば自分の選んだ馬がどれだけ活躍するかを競うゲームのこと。
富永は私にも参加しろとのお達しだった。
競馬雑誌には無数の新馬リストがあり自分の気に入った馬を数頭選んで応募しろというのだ。
私は競馬初心者であり血統やらは分からない。しかし親の馬が有名だとかで選んだ。
膨大な馬リストを見ながら私は考えた。
「はて、私は何をやっているんだろう・・」
少し疑問が頭に浮かんだ。しかしなんだろうな。万が一、宝くじみたいに万馬券が出て大金を手にしたい気分がまだ残っており、好きな騎手、好きな調教師とかが出てきていたのだ。競馬に関しては洗脳が上手い富永の影響は計り知れなかった。
富永は競馬で大騒ぎし続けた。
いつのように馬券買いの日々だった。土日が休日の日はとにかく、土日が夜勤明けの日も眠い目をこすりながら場外へ向かうこともあった。
「私は何をやっているんだろう・・・」
いくら電車好きな私でもさすがに疲れてきた。大体メインレースが終わるのが15時台だ。そして場外を後にしてまた電車に乗って帰る。
帰りの電車内では私は強烈な虚しさに見舞われた。大体馬券が大きく当たったことはない。せいぜい中当たりくらいだ。負け続けたこともあろう。
しかし強烈な虚しさの正体は薄々気づいていた。
ロマンがどうのこうの言っても所詮はギャンブルなのだ。
ギャンブルに貴重な土日を潰すという虚しさ。ギャンブルで土日をつぶさなければ
他に何ができた?男女の出会いだってあったかもしれない。あるか分からないが。
私は何をやっていたのだ!!後悔先に立たず。
富永の馬券を買いに行けという要求は苛烈を極めた。
私が土日休みだけど今回は馬券買いに行くのをやめてゆっくりするか、と行かないつもりを富永に伝えたら富永は顔色を変えた。
「このレースは重賞を勝った〇〇という馬も出るんだよ!」
「さらにG1勝利が射程に入っている〇〇という馬も出る。損はない!」
意地でも私に行かせるつもりだ。
しばらく押し問答をし続けた。折れて買いに行くことにした。
私は競馬の電話投票でもやろうかなと思い始めた。
もう電車に乗って馬券を買いに行くのは疲れた。2~3年くらい経っていた。
今から思えば馬鹿としか言いようがなかった。
こうして私は富永に電話投票をやると宣言して紙の馬券購入はやめた。