いじめと人間関係で人生狂った男のブログ

私を反面教師にせよ。青春と人生を無駄にするな。

「地獄大学」28 悪党の家族と面会②

私を含め悪党の四人は高岡の実家の玄関をくぐった。

もうどんな家だったのかは思い出せない。普通の家だったんだろう。

記憶に残らないっていうか印象に残すほどではなかった。一刻も早く高岡の実家から出たかったから印象に残らなかったかもしれない。

高岡の両親と祖母が出迎えた。私はとてもではないが彼らと顔を合わせるのが怖かった。あまり目を合わせられなかった。

当然ながら高岡の家族サイドには私は親友として報告されている。いい奴だと報告されている。しかし実際は違う。高岡は加害者、私は被害者。

殴られ小突かれいじられる。それをテープに録音されている。おぞましい。

それに私は愚論荘で料理も強制されていたこともあった。私に拒否権はなかった。

料理?カレーやシチュー。市販のルウを使って煮込んだだけ。

愚論荘の調理場なんて利用できるわけがなく、愚論荘の廊下の流しで材料を切らされて

高岡の部屋にあったカセットコンロで煮込まされた。もう何でもあり。

愚論荘側も安全管理や衛生管理について下宿生に指導がなっていなかった。

それを料理までしてくれるいい奴なんだよと報告されていた。

私が帰省先から片銀市に戻ると地元の銘菓を悪党に献上しないといけなかった。

それを高岡は実家に持って帰って奴の両親は絶賛した。

ある年、私は高岡に年賀状を出すことを強制された。私に拒否権はなかった。

お年玉付き懸賞年賀はがきで末等ではあるが当選したらしい。

高岡はそれを吹聴した。もちろん実家にも報告がいっただろう。

とにかく、私は高岡の家族サイドから親友だと思われていた。

本当は違うのに。

「いえ、私は高岡君からいじめを受けているんです」

って暴露すればよかった?

私にそんな度胸はなかった。そんな告白をしたら修羅場になるだろう。

そうすれば事態が変わるかもしれなかった。でも地獄だ。

私にそんな度胸はなかった。二回言った。

今から思えば高岡の家族に不快な思いはさせたくなかった。

要するに私はヘタレだったのだ。

 

高岡の実家で料理が出された。

まずくはなかった。しかし美味しいとも感じなかった。

当たり前か。その場にいること自体苦痛だったから味覚もおかしくなっている。

長い長い一日は終わろうとしていた。

 

「地獄大学」27 悪党の家族と面会①

もっと大学編を続けたい。人生において大切な時期だ。とことん私を反面教師に。

青春真っ盛りの学生時代(青春時代)に友人選びを間違えて人間関係に苦しみ青春を謳歌できないと後の人生に必ず影響を与える。学生時代に受けた屈辱的体験は人生に古傷を残してしまう。

 

悪党の家族と面会。文字通りだ。決して大学のいじめが悪党の家族にバレたからではない。もちろん高岡なんて既に親友ではない。いじめの加害者だ。

しかしその意に反して「高岡の親友」として高岡の家族の目の前に立たされたのだ。

帰省する時期、悪党どもと私は帰省するので寄り道として高岡の家に外泊するというのだ。高岡は大学の友人を実家に連れてくると宣言していた。

高岡は先に千宮市(仮名)の実家に帰省し、疋田の車で紺野と私が同乗するという手はずだ。連中はウキウキとしていたが私は憂鬱でしかなかった。

よりによって加害者の親と面会?しかも親友ということで?ふざけるな・・・

気分が重かった。

 

そしていよいよ出発の日。既に高岡は帰省し奴の実家に着いていた。

朝早く、紺野のアパートに向かわなかればならなかった。

気が乗らない自分は時間ギリギリに紺野のアパートに着いた。

紺野は遅い!遅刻だ!と激高した。疋田はニヤニヤしていた。

もうどうでもいい・・。

そういえば紺野のアパートでも散々にいじめをうけたもんだ。

かくして疋田の車に乗り込み片銀市内を後にした。

高速道路に入った。私は疋田の車に乗せられている時は当然口を利かなかった。

苦痛で仕方がなかったからだ。何が楽しくて加害者どもと楽しく話せというのか。

まぁ私はたとえ親しい人とも饒舌になれない。ただのコミュ障であったのだ。

高速道路上でも私は後部座席にて黙っていた。

そこへ紺野が

「おいsiroukii! 何かしゃべれ!そうだ、俺たちの乗る車を追い抜いた車の数を数え続けろ。数字を声に出して叫べ!千宮市に着くまでな!」

嫌だよ、って言っても無駄だった。胸倉つかまれた。

分かったな!ハイハイ・・・・。

「1台!2台!3台!・・・・・・・・104・・115・・!」

必死に声を出した。私はいったい何をやっているんだろう・・・

長い距離を走り続け、ようやく千宮市に入った。

千宮市は片銀市よりも大きい規模の街だった。私も初めて行く街だ。

これが高岡の地元か。もちろんその街には罪はない。いい観光地やグルメもある。

歴史もある。たかが高岡のためにその街のイメージが悪くなるはずがないのだ。

車は千宮駅前に着いた。高岡が出迎えに来た。

疋田が運転し、道案内をして自宅まで導かなければならないので高岡は助手席にて案内をする。当然、紺野は後部座席に座った。

もちろん何が起きたが言うまでもない。

「siroukii!!俺がお前の隣に座ったのが運の尽きだったな!!ワハハ!!」

私の太ももに紺野が強く掴みかかった。私は悲鳴を上げた。

高岡と疋田は笑っていた。いつものことだ・・・。

しばらく千宮市を走る疋田の車。大きな駅のある中心地からどんどん郊外へ走ってゆく。

郊外の閑静な住宅地に車は入った。大きなニュータウンのようだ。

その住宅地の公園の近くのとある住宅に車は入った。

そう高岡の実家だ。

はあ・・私は大きなため息をついた。行きたくない・・。

憂鬱だが仕方がない。

高岡・紺野・疋田そして私の四人は高岡の家の玄関をくぐった。

 

 

 

 

 

「地獄大学」26 山に連行される。彷徨。

こんなこともあった。

タイトル通り「山に連行」。

ある日、夜も回ってから北村荘に悪党どもが押しかけてきた。

今日はもう連中とは関わらずに済むと思っていたのに。門限も近いというのに。

「いいから俺たちと来いや」

断っても無駄だった。

連中は私の部屋に押しかけると部屋をメチャクチャに荒らし始めた。

「行くよなあ??」

部屋のモノというモノをぶちまけた。私が行くと言うまで荒らし続けた。

仕方がなく行くことにした。

過去、北村荘では悪党連中が騒いで迷惑かけたから。その二の舞は避けたかった。

部屋にしまっていた半纏(はんてん)を着ていけと命令された。

おばさんに急遽泊まると断りを入れて仕方がなく北村荘を後にした。

 

疋田の車で向かったのはとある山林。ちょっとした観光地モドキではないが

私の記憶によれば何か霊が出る云々みたいで若者らが集まっていた。

その噂を聞きつけて悪党どもは私を無理やり連れだしてきたってわけだ。

自分たちだけで行けばいいのに。こいつらには常識は通用しない。

山林内に悪党どもと私は入っていった。目印とやらの木ということでへし折った木を道端に置いて進んでいった。記憶はうろ覚えだが霊の出るとの場所で私は例の低俗な踊りを強制して踊らされた。怖かったが仕方がない。連中はゲラゲラ笑っていた。

さて、戻ろうかと思ったら帰路を見失った。目印の木なんて意味がなかった。

既に深夜。明かりもない森林地帯の中、完全に我々は(本当は我々なんて言葉使いたくないが)彷徨う身となってしまった。

あわてて、右往左往して木々をかき分けて進むも同じような光景ばかり。むしろどんどん木々が険しくなっていく。

新田次郎氏の小説「八甲田山死の彷徨」を思い出させた。雪がないというだけで。

ひたすら木々や草木をかき分けて疾走してゆく。私は般若心経を小声で唱え続けた。

「ああ、これが呪いってやつなのか~」

高岡がわめいた。かきわけ、かきわけ、山の斜面を登り下りを長時間繰り返した。

私が着せられていた半纏もボロボロになっていた。恐怖が身を襲ってきた。

大きな穴が開いているに違いない。転落したら最期だ。こんな所でこんな連中と・・。

どれくらい時間が経っただろう。うっすらと日が差し込み始めた。

そしてだんだんと明るくなり広い場所に出た。

我々はホッとしてきた。連中から例の低俗な踊りをやれと命令された。

もうヤケクソだった。踊った。

遠くの森の外にて地元民と思われる人を見かけた。

我々は必死に助けてくださいと叫んだ。その人の助言に従い少し進むと不思議と疋田の車の場所にたどり着いた。我々は助かった。

すぐに北村荘に戻り泥のように眠った。悪党連中によって荒らされた部屋の中で。

昼過ぎから講義があったので急いで受講した。

悪党連中はみんなに山に行って遭難したんだぜ~って自慢していた。アホか。

飯山先生(仮名)が呆れた顔で話しかけてきた。

「連中と一緒に山に行ったんだって?」

「そうですけど、あれは拉致も当然に連れ去られて山に行ったんですよ・・・」

私もまた呆れていた。飯山先生も苦笑いしていた。ああ軽蔑されているんだろうな。

 

下宿に戻り、下宿人たちから昨夜の顛末を訊かれた。

実際に悪党によって自分の荒らされた部屋を見てもらった。下宿人たちは唖然としていた。

情けない。悪党連中が北村荘に押しかけたのはこれが最後だ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あつ森は人生やり直しゲームだ。

久しぶりにコラムを書いてみたい。私は今ハマっているゲームがある。

あつまれどうぶつの森。言わずと知れた任天堂スイッチのソフトだ。発売以来、大ブームを巻き起こした。携帯ゲームをやらない私としても過熱するブームに名前は聞く程度だが耳に入っていた。気になってスマホで検索して調べてみた。

無人島に移住してどうぶつ達と交流しつつ狩猟活動をし、島のインフラを整えていく。

何これ楽しそう。率直な感想だった。何故なら昔から私は地図などを見るのが好きで特に都市地図。時間があれば眺めて実際の街はどうなんだろうと想像していた。

YouTubeにて、あつ森動画を見てみた。スゴイ。面白そうなゲームだと思った。

ゲームユーチューバーが島訪問と称して視聴者の作った島を訪問して解説していく。

みんないい島を作っているな、と思った。島づくりというより街づくりだ。本当に凝っている。適度に入り組んだ道、にぎやかな街、きれいな森に川に湖。

任天堂スイッチを購入することを決意するのに時間はかからなかった。

しかし購入は困難を極めた。どこも売っていなかった。某店で店員に問い合わせたら

かなり不機嫌な様子でありません、入荷の予定はありません、とぶっきらぼうに言われた。ちょっとムッときたが仕方がない。耳にタコができるくらいに問い合わされているんだろう。察しよう。

奇跡が起きた。某店で任天堂スイッチのライトではあるが購入ができたのだ。残り僅かであった。早速あつ森も購入して初めてみた。

 

本題に入る。私があつ森を購入してプレイしている理由はズバリ「現実逃避と人生やり直し」だ。

もちろん街づくりに興味があるというのは大きな理由だ。表向きにも十分通じる理由だ。そして本当の理由は上記のとおり。

御存知、私は幼少の頃より地獄のような人間関係にて人生を丸ごと潰した男だ。

人生をバーチャルでいいからやり直したかった。

後の記事でも少しできる範囲で語りたいが、私は美少女ゲームをやりこんでいた。

ゲームの中で学生や若者になり切ってモテモテになって人生やり直しているつもりだった。人生やり直し系の漫画にもハマったことがある。

人生やり直したい現実逃避したい。その延長として、あつ森にもハマった。

あつ森の中ではイジメをやる奴などいない。金を巻き上げる奴もいない。

つねきちという美術品の偽物を売りつける奴もいるが本物の美術品もあるし憎めない奴である。

自分が「島民代表」としてリーダーシップを発揮し、たぬきちやしずえさんと調整しながら島を発展させてゆく。

一生懸命に狩猟活動に精を出し金に換えて自宅のローンを返済してゆく。

これがかなり大変。私は地下室まで作った。返済しても返済してもまだ残る「ベル」

(あつ森での通貨)が現実を思い起こさせる。ローンはやっと返済した。

家具を取り揃えるのにもベルがいる。服を買うにもベルがいる。

更に橋を架けたり坂を作ってもベルがいる。狩猟活動に熱を入れざるを得ない。

島クリエイトで道を敷き床を張る。崖を作り崩し、発展してゆく島。

自らがリーダーシップを駆使し、自分色に島を染め上げてゆく。

そして島住人であるどうぶつ達と楽しい交流。様々なイベント。

ああなんてリア充人生か、陽キャ人生か。美少女ゲームとはまた違った現実逃避方法である。今もこのゲームは毎日行っている。現在オフラインではあるけれど。

実はまだ島の半分しか開発できていない。YouTubeなどで見る島はハイレベル過ぎて驚く。心が折れてゲームを中断してしまったという声も聞く。気持ちは分かる。私もここまでは無理かも、と思う。でも現実逃避と人生やり直しのためにプレイしている。

ルーティンとして毎日、狩猟活動・たぬき商店やエイブルシスターズ訪問、ATM利用。

住民の家訪問を行っている。特に住人の家訪問は島民代表の重要な仕事だ。そこで住人が風邪をひいていると薬を差し出す。私は役に立ったと思い安堵する。

本当にいい意味で罪作りなゲームだよ。(誉め言葉)

 

私はこのゲームを始めるにあたり、自分の住む街を観察した。自問自答した。

「理想の仮想空間」では自分はどんな街に住みたいだろう?そのためにどんな街を作ろうか。

結論から言うと私はニュータウン風の街に住みたい願望があった。

駅に近く、都会的な新興住宅地。憧れだった。若者が沢山いるようなスポーツ施設が充実してて学校関連もあって・・・それを理想にして現在島づくり中だ。

だから新興住宅地を見て参考にした。空港があるなら漁港があってもいい、と桟橋のあたりを漁港風にした。更につねきちが訪れる北の浜辺の港を貿易港にしてしまえと今、整備している。鉄道を通そうかと駅も作った。線路はまだ敷設していないけど。

かなり都会的だ。子供が遊べる公園も作った。もちろん自然も残したい。きれいな湖も作りたい。神秘的なエリアも作りたい。基地みたいな場所も作りたい。

理想は尽きないw

YouTubeでは和風島はかなりレベル高いが和風エリアは墓地なら無難かなぁ。

 

どうぶつ住人で言えばだれが理想だろう?

私はジャンに憧れている。初期住人だから愛着もある。

爽やかで明るいスポーツマンで「一部」の体育会系にありがちな押し付けがましさはない。

こんな男になりたかった。現実では、はじめやラッキー、ショーイだけどね。

彼らも温厚で良き住人達だ。これもまた理想かも知れない。

マスカラスはキザではあるが教養をにじませる言動は憧れる。

女性住人ではやよいが癒しかな。穏やかで優しく礼儀正しい。シャンティも同様。

 

もう一度、言うがこのゲームは罪作りだ。(誉め言葉)

現実逃避と人生やり直しに持ってこい。街づくりなど創作意欲もかき立てられる。

亀の歩みではあるが少しづつ島を整備して完成させたい。

現在はオフラインであり島を公開するつもりは今のところはない。

しかし気が向いたら公開してみたいかな。

さて、次は島のどのエリアをいじろうかな。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「地獄大学」25 チンピラ

悪党連中に無理やり付き合わされているとよくチンピラに絡まれる。

紺野はある時、愚論荘が窮屈だとアパートに移った。

疋田もまたアパート暮らしだ。いつものように深夜帰るころになると

紺野と疋田は近くのスーパーでタクシーを呼び帰宅しようとした。

もちろん私と高岡もタクシー乗車場まで付き合わされた。

そこへ二人組のガラの悪そうなチンピラが近くを通りかかった。

「喧嘩打ってんのかコラあ~!」

タクシーに乗り込む間際、紺野はチンピラを挑発した。そして疋田とタクシーに乗り込み

立ち去った。

残された私と高岡にチンピラ二人組が襲い掛かった。

「待てや!!」

それぞれ逃げまくり、高岡は近くの交番に駆け込み警官を呼んだ。

チンピラはいなくなっていた。

「全くガラの悪い奴らだ・・・」

高岡はつぶやいた。

 

こんなこともあった。

カラオケに行かされた時、疋田の車中にて私は悪党連中にタバコを買いに行かされるように命じられた。私は車から降りてしぶしぶタバコの自販機に向かった。

その近くの酒の自販機前にてチンピラ四人組が酒盛りをしていた。

「セブンスターも追加で買え!」

紺野は助手席から私に叫んだ。その時だった。チンピラ四人組がすごい形相で車に向かってきた。多分チンピラからしたら紺野が喧嘩を売ってきたと思ったんだろう。そのうち一人が紺野に殴りかかった。2~3発は殴っただろうか。

「降りろやあ!!」「やるのか!!」「コラ!!」

四人組は悪党連中を怒鳴りつけていた。私は車の近くまで戻り

リーダー格のチンピラに事情を説明した。タバコを頼まれたんです、その声なんですと。すると

「気を付けて行ってらっしゃい~」

リーダー格の男はゲラゲラ笑いながら他の仲間とともに車に乗り込み去っていった。

「今度会ったらボコボコにしてやる」と紺野。

「こいつら柔道技で倒せると思ってた」と高岡。

私は何も言わなかったけどね。

 

こんなこともあった。これは痛快だった。

ゼミの仲間で隣県に旅行に行くことになった。一泊二日の恒例行事だ。

隣県の県庁所在地の街に行った時のことだ。

私と悪党連中は無理やり同じゼミに所属させられていた。

まあ、お察しの通り悪党連中にとっては私に対するいじめ旅行だった。

あらゆる道中で私をいびり倒した。小突き倒した。

チャーターしたバスでは後部の席部分はちょっとした宴会ができるように中央部分にテーブルがあるような席配置だった。

私は前部の普通の座席に座りたかったが悪党連中に無理やり呼び出されていじられた。

訪問地でも同様。記念写真ではみんなが笑顔で映っているのに私だけ暗い表情をしていた。その写真は今でも持っている。

宿泊先では愚論荘のいじめを旅館部屋に舞台を移して行われたようなものだ。

生きた心地がしなかった。最悪の旅行だった。それが社会人の時に旅行三昧になった。反動なのかもしれない。

二日目の昼間、街の繁華街に悪党連中と一緒に歩かされていた。ゲーセンなどがある雑居ビルが立ち並ぶあたりに来た。高岡は妙に私に絡んでいた。私に十六文キックを浴びせてきた。きっと私をカツアゲするような不良の気分に浸っていたのだろう。

「服を脱げw」

高岡はゲラゲラ笑いながら私の服を剥ぎ取りにかかった。

そこへサラリーマン風の若い男性が通りかかった。

「今、見ましたね」

男性は近くを通りかかった高齢男性に確認を取ると高岡の胸倉を思い切りつかんだ。

「てめえ!!今何をしていた?おお?」

「こ、紺野を呼んで来い・・」

高岡は顔面蒼白である。

私は男性を必死に止めた。高岡をかばうつもりはない。こんな繁華街で騒ぎになって色々な人に迷惑をかけたくなかったからだ。

「何であんたに言われなければならないんすか?」

高岡は口ごたえした。

男性は逆上し更に激しく胸倉をつかみ上げた。高岡の上半身は裸になりかけた。

高岡を引き倒さんばかりの勢いだ。

周りには群衆が集まりかけていたのを見た。

その頃、紺野と疋田は少し離れた場所で女の子と話し込んでいたらしい。紺野の話によれば。

「喧嘩が起きている!警察呼んできて!」

紺野は女の子に呼びかけたらしい。

男性は連れの男性に引き留められて高岡から引き離されて去っていった。

「県外まで行って揉め事起こしたくなかったからよ・・・」

「やくざモンか・・・?」

上着が伸びてしまった・・・」

高岡は余程ビビったのか少し涙目になっていた。

帰りのバスの中では紺野は他の者に言っていた。

「こいつ(shiroukii)のせいでよ、高岡がチンピラに絡まれた」

と。何を言ってやがると私は心の中で思った。

「英雄だったんだろうなあ?喧嘩の仲裁に入ったってことでよお?」

高岡も不貞腐れたように吐き捨てた。

 

不思議なもんだ。やや不謹慎かもしれないが、ザマ見ろ的なことも思っていた。

今でも当時のチンピラ騒ぎを思うと悪党連中に思うのだ。ザマ見ろと。

たまに思い出すとニヤニヤしている不謹慎な自分がいる。

 

 

 

「地獄大学」24 地獄の中の一輪の花。

さて、地獄のような大学生活をつらつらと書き連ねてきた。正直書いていると辛い。

まだ情けない話はある。でも一息。ひどい話ばかりだけど良い思い出はなかったの?

と尋ねられると全くなかったわけではない。それも普通の人では当たり前の話だ。自慢なんてするつもりはない。

まず、途中から知り合った前園君グループとの交流。私は前園君に悪党連中のことを逐一話していたためカウンセラー代わりになったかもしれない。

それに何度か前園君グループと大学近くの居酒屋(チェーン店)で飲んだ。楽しかった。色々話した。居酒屋では座敷席で子供が原因による家族同士の言い争いもあったのは覚えている。私が止めようかと思っていたら店員が仲裁に入った。

実は一度だけ前園君と二人きりでカラオケ店に入ったこともある。え?カラオケはトラウマではなかったの?私も不思議で仕方がない。今も私はカラオケは苦手だ。しかしその時だけは楽しかったのだ。今では絶対に歌わないであろうノリのいい歌ですら歌った。当時の出来事は不可解だ。やはり一緒に行く人にもよるのか。

前園君やそのグループと知り合わなかったら私はどうなっていただろうか。寒気が走る。やはりいじめグループのみしか知り合いしかいないのは危険なのだ。いじめ相談ができる相手がいれば。しかし被害者は語りたがらない。その気持ちは分かる。

 

そして北村荘の他住人達だ。悪党どもによるいじめが本格化する前は楽しく交流させてもらった。もちろん、北村荘に入居した当初は私は裏では笑われていた。その時は嫌だったが時間がたつにつれ仲良くなった。高岡に会わなければどうなっていただろうか。

そして中野さん(仮名)。

北村荘の住人の知り合いつながりの同じ片銀大学の女子学生。

「siroukii君だよね?」

ある日、校内広場を歩いているとボブヘアーの女子学生に笑顔で話しかけられた。

私はドキリとした。もちろん女性とあまり話したこともない私だからオドオドしてしまった。

少し話をした。でもうれしかった。

後日、中野さんに正面の校舎入り口前で出会った。

中野さんはキュロット風のホットパンツだった。私は今でも鮮明に覚えている。

胸がドキリとして全身を貫くくらいの興奮が駆け巡った。

中野さんの脚が魅力的だったからだ。

しかし私はこれ以上仲良くはならなかった(なれなかった)。交際なんてできなかった。その頃には悪党連中によるいじめが本格化していたからだ。

いじめがなかったら?なくても消極的な私だから無理だったろうか。

ある日、中野さんと私が少しだけ話しているところを紺野に見られた。

「あの女はなんだ???ベッピンさんだなあ。まさかてめえと・・・」

ムキになって問い詰められた。違うよ、ただ用事で話しかけられただけ、何もないと答えた。紺野はホッとした表情を見せた。

 

中野さんは北村荘のとある住人と交際を始めたと伝聞で知った。

中野さんは今どうしているだろうか?良き家庭を持っていると信じたい。

 

 

 

「地獄大学」23 瞬間湯沸かし器

中高時代の卒業アルバムをぐちゃぐちゃにされた私だがその際に気になる女子はいなかったのかと悪党どもに詰問された。渋ったり断ると殴られるので仕方なく言った。

紺野はいつの間にかその女子の電話番号をメモしてやがった。

後日、公衆電話にて無理やり紺野がその女子の家に電話して親御さんに色々と私のことを告げ口した。私がやめろ!って言っても聞かず。横で高岡と疋田が笑っていた。

全く、なんて奴らだ。なお当時はスマホ等はなかった時代だった。

 

愚論荘では色々嫌なことがあったな。トイレへ行くにも排泄の最中に嫌がらせを受けた。大では上から水をかけられた。だからそれ以来愚論荘ではトイレにはなるべくいかないようにしていた。

冬、雪が積もった日は愚論荘に連行される際には雪の塊に突き飛ばされて笑われた。

ある夜のこと、愚論荘の廊下に流しと瞬間湯沸かし器があった。

紺野に無理やりその流しの前に連れていかれた。無理に前かがみにさせられたと思ったら右耳?だったか。耳に熱いものがかかった。

「ああああ!!!!!!」

私は絶叫した。瞬間湯沸かし器の湯が私の耳にかけられたのだ。

「いい加減にしろ!!!お前ら!!!」

私は思ずキレて絶叫した。

悪党どもはゲラゲラ大笑い。

「怖いよ~w」

「断末魔みたいだw」

もちろんその様子は録音されていた。その場面は悪党どものお気に入りになった。

私の耳はしばらくただれていた。

他の学生はその様子を見て私を図書室で何があったんだ?まさか例のあいつらか?

と訊かれた。仕方なくそうだと消極的に答えた。みじめだった。

 

全くこんな大学生活送ったの私だけだろうな。