「地獄大学」35 大学時代の終わりに④
さて、地獄のような大学生活が終わった。
本当に壮絶な体験をしたものだ。
卒業から数日後、実家にて深夜、水が欲しくて一階の台所に降りた。すると両親の寝室から声がする。気になって耳を澄まして聴いてみると母親が愚痴っていた。
こんなことブログに書く必要があるのだろうか?自分の親だろ?でも若かり日の恥部である。心を鬼にして書きたい。
「大学出がなんだ・・・偉いのか・・・」
「こっちは高卒なんだよ・・・悪かったな」
延々と愚痴っていた。父は黙って聞いていたと思う。
私は複雑な気分というより申し訳ないという気分、惨めな気分で母親の愚痴を耳にしてうなだれていた。
思い出した。かつて同窓会で言われた言葉。
「目的意識もないのに大学何て行かないもん」
高い授業料を払って毎日にようにいじめを受けて周りに心配をかけて恩師は嫌気が差して他の大学に転籍し、かつ親にこんな愚痴を吐かせる。
私っていう人間はなんて屑なんだと思い知らされた。大学生になってまで何をやっていたんだ。もちろん悪党連中だって大学生になってまで何をやっているんだ、かもしれないが。私は自分自身が相当嫌になった。大学なんて行くべきではなかったのか。
かつて中学時代。
「大学には絶対に行け。色々な経験ができるから」
と言われ、別の教師からは
「一度大学に入ったからには頑張るしかない。でないとその大学に入れなかった者に申し訳が立たないだろう」
と言われた。
それを発言を考慮したとしても私は惨めで情けなかった。
全ては人を見る目がなかったこと。そしていじめを跳ね返す度胸がなかったこと。
その二点に尽きる。運の巡りあわせが悪かったのなら尚更気を付けるだろうに。
学歴議論になりかねない話をしてしまったが改めて持論を述べる。
私が人生の区分けをした通り、大学時代は中期青春時代になる。青春時代の真っただ中なのだ。学生生活も、友人関係も、部活動やサークル活動も、そして恋愛も・・・。
一通り充実した青春活動をしっかり経験していないとダメなのだ。それが出来なかった者は間違いなく後の人生歪む。人格が歪む。いじめを受けていたなら尚更だ。
ドンドン泥沼にはまり時だけが過ぎてゆく。挽回もままならなない。最悪、生涯独身者になり孤独死だって十分考えられるのだ。私もそうなるかもしれない。
私が高校生時代でさえ「大学のレジャーランド化」が問題視されていた。
当時は私も問題視していた。愚かだった。
レジャーランド?結構ではないか。それで若者が青春を謳歌出来れば歪むことがなく立派な大人になり家庭を持ってより良い世の中を作ってくれる。
「若者の居場所」は絶対に必要なのだ。それが学校なのだ。
次回は大学時代の検証を行っていきたい。あの時、こうすれば悲劇は避けられたとか。
読者の皆さんにはぜひ参考にして自分自身や子供さんへの教訓としてほしいと思う。